2012年3月15日(木) 第2日 晴れ I
09時10分頃、2010年までドイツ音楽アルヒーフDeutsches Musikarchivが入っていたシーメンス・ヴィラへ出かける。
ドイツ音楽アルヒーフは、フランクフルトのドイツ図書館Deutsche
Bibliothekの第十局音楽部門として、ドイツが再統一されてからも20年間にわたって、引き続きベルリンに置かれていた。
ドイツ図書館は、ドイツ国内とドイツ語圏の出版物を網羅する全国書誌の編纂を主要業務の一つとしていたが、その楽譜篇と録音資料篇を担当していたのが、1970年に当時の西ベルリンに設置されたドイツ音楽アルヒーフである。
当時出来たばかりの、世界標準に準拠した新しいドイツ目録規則に則り、当時存在していたニックスドルフNixdorfというドイツ国内メーカーのオフィス・コンピュータを用いて、「電算化」された全国書誌音楽篇の編集作業がそこで行われていた。
私は、音楽分野での先端的な全国書誌編集業務を学ぶため、ドイツを研修先に選び、1981年に2ヶ月ほど実習生としてドイツ音楽アルヒーフで働く機会を得た。
全国書誌音楽篇編纂という国家事業を担当している割には小じんまりした家庭的な雰囲気の職場で、閑静な住宅街にある広い庭つきの瀟洒な建物の中の事務室に通ったことを想い出す。
この長期海外研修の機会は、当時の勤務先であった㈶遠山音楽財団から与えられ、給与と研修費のほかにドイツ学術交流会DAADからも図書館員に対する留学資金を得て、1980年6月から翌年10月まで1年5ヶ月程をドイツで過ごした。
ドイツ音楽アルヒーフは、2010年にドイチェ・ビュッヘライ Deutsche Buecherei(ライプツィヒ)の音楽部門と統合され、ドイツ国民図書館 Deutsche Nationalbibliothek の音楽部門となって、ライプツィヒの古巣へ戻ったので、現在では組織はベルリンにはないが、施設は残っているので、今回の再訪を機に、31年ぶりに訪ねてみることにした。
地下鉄U9の終点シュテークリッツ市庁舎駅から186番のバスでゲルトナー通り停留所まできた。バス停を降りて1分のところに以前のままの懐かしい建物を見つけた。
ネット上では施設の前面が一部公開されていると書かれているが、微塵もそんな風はない。2辺を歩き、外観を見て後にした。
シュテークリッツ駅まで戻り、今度はS1に2駅乗ってリヒターフェルド西駅で下車。
狩人村小路62番地Jaegerndorfer Zeile 62にあり、1981年に西ベルリンに滞在した際に連泊したペンション・シレジアPension “Haus Silesia”を探す。
駅から徒歩10分程度で、60番地にそれらしき家を見つけたが、既にペンションはなく、改装工事が施されて個人の住居に変わっていた。
(第2日続く)
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