2012年3月20日(火祝) 第7日 晴れ
08時20分 成田着(予定時間は08時50分)。待ち時間なくリムジンバスに乗車。
11時30分頃 帰宅。
日本と日本語の国に着いて、へなへなと心的緊張が解けていく。
旅行を終えて:
今回のベルリン旅行は、もともとバレンボイム指揮の『トリスタンとイゾルデ』公演を聴くための音楽行脚であったが、ドイツ音楽アルヒーフとペンション・シシリアを再訪する一種のセンチメンタル・ジャーニーでもあった。
いまを去ること31年前、1981年の5月から2ヶ月近くの間、実習生として働いたドイツ音楽アルヒーフが入っていた建物と、1981年9月にドイツ音楽アルヒーフを妻と訪ねるために滞在したペンション・シレジア跡とを再訪した。
第二次世界大戦後、国立図書館はライプツィヒに、つまり東独に残ったので、西独政府は1946年にドイツ図書館をフランクフルトに設置した。
その音楽部門は、冷戦時代下に、政策的に西ベルリンに置かれた。
それが、1970年1月1日にシーメンス・ヴィラに設置されたドイツ音楽アルヒーフである。
しかしドイツ統一後、同一機能を果たす組織が西と東に二重に存在する非効率性は解消の方向にあり、
国立中央図書館も西側(フランクフルト)の
ドイツ図書館Deutsche Bibliothekと、東側(ライプツィヒ)の
ドイツ・ビュッヘライDeutsche
Buecheraiが統合されて、
ドイツ国民図書館Deutsche Nationalbibliothekとなった。
全国書誌音楽編の編集局も組織面だけではなく施設面でも統合され、ドイツ音楽アルヒーフはドイツ・ビュッヘライ音楽部門に統合された。
瀟洒なシーメンス・ヴィラを運営するには経費がかさむという問題もライプツィヒ移転で解決された。
2010年、ドイツ音楽アルヒーフは閉鎖され、シーメンス・ヴィラは、実業家シュテファン・ペーターStefan Peterに売却された。
別の話になるが、シーメンス・ヴィラは、1970年代から90年代にかけ、ドイツ・グラモフォンの録音会場の一つとして使用され、幾多のLP、CD、DVDが作られた。
その中で、バレンボイム指揮&ピアノ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のモーツァルト後期ピアノ協奏曲集のCDとDVDは、私の愛聴盤の一つである。
当時始まったばかりのコンピュータによる全国書誌編集業務を学ぶため、若き日に2カ月近くを過ごしたドイツ音楽アルヒーフ跡をシーメンス・ヴィラに訪ねてみたいと考えていたが、今回、定年退職後1年を経た時点でその望みが叶った。
心情的に一区切りがついて、いささかの感慨があった。
完
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